History of Research
■1943年・発見
その障害自体は古くから存在していたと推測されていますが、最初に早期幼児自閉症として報告されたのは、アメリカの児童精神科医のレオ・カナー(Leo Kanner)です。「聡明な容貌・常同行動・高い記憶力・機械操作の愛好」などの特異な症状をもつ11例の子供達を報告し、「自閉」【Autism(オーティズム)】と名付けました。これが、医学上の歴史の始まりです。
カナーが「自閉症」ということでいくつかの症例を紹介するまでは自閉症特有の行動を取る人たちは沢山いたとは想いますが、それはただ「風変わりな行動を取る人」「こだわりや常同行動と思われる仕草が顕著な人たち」と見られていました。 日本語の「自閉」というのは「自分の世界に閉じこもる」という意味で、現代では「うつ病やひきこもり、内気な性格を指す言葉」としばし勘違いされるため、その命名の的確性について論議を醸し出していますが、もともとカナーは統合失調症【旧精神分裂病】の症状の状態を表す言葉として用いました。
1900年初期に クレペリン医学者により精神分裂病が報告されて以降、子供にもこの病気があるのかどうか・・・・という分裂病の幼児型、最早期発症型というのが盛んに論議 され、次々に発表されました。カナーも「情緒的接触の自閉的障害」として幼児自閉症を報告しましたが、研究が進むにつれ、もともと「自閉症=精神分裂病の 一症状」とみなしていた自説の誤りを認識し訂正し、自閉症児を「精神分裂病とも精神遅滞とも異なる子供たち」と見るようになりました。 カナーは、自閉症 はいったん成立した人間関係から引きこもってしまうのではなく、生まれながらに人とのかかわりがもてないという点で精神分裂病と異なるし、また、精神遅滞 とは、利発そうな顔つき、良好な単純記憶を有する点で異なると考えていました。
カナーは、自閉症を診断する基準として以下の5つをあげました。
1)中枢神経系に器質的な障害を認めない。
2)発症が先天的と言えるほど早い。
3)自閉的行動の他に、反響言語、代名詞の転用などの言語症状。強迫的な同一性保持への強い欲救。特有な能力があり、利口そうな顔つきをしている。
4) 経過中に精神分裂病のような幻覚妄想体験がない。
5)家族に特有な心理構造がある。
(この決め付けがあとあと家族をとても苦しめるましたが、現在ではきっぱり否定されています。)
その翌年の1944年には、ウィーン大学の小児科医ハンス・アスペルガー(Hans Asperger)が、カナーが報告したよりも軽度の言葉の遅れのない自閉症の4人の男児を発見して『自閉的精神病質(自閉症(そのもの)と精神病質(人格の疾患)を意味する行為や能力のパターンが見られた)』と名付けました。
当時、ヨーロッパは第二次世界大戦中。ナチス政権下、優生学の考え方に基づき、障害児は安楽死させられるという社会的背景がある中、アスペルガーは、「自閉性精神病質の子ども達は社会的に問題を起こすも知的には優れた精神病質であって、精神病ではないこと、こだわりを生かせて有能さを発揮できれば就労可能であること」を強調、なんとかガス室送りの対象にならないように切々と訴えかけました。
のちにアスペルガーは「アスペルガー症候群」と分類される病名の最初の定義を確立しましたが、ユダヤ人であり、ナチスに母親と同胞を殺された過去を持つカナーは、アスペルガーへの嫌悪感からか、生涯無視。ユダヤ人が多く在住するイギリス・アメリカの自閉症研究者・臨床家達においても、同様で、戦後しばらく経っても「アスペルガー症候群」については全く取り上げようとはしませんでした。
■1950年代~1970年代・冷蔵庫マザー
1940年代当時カナーは、自閉症の原因は後天的なもので、親の愛情不足による心因性の症状と唱え、自閉症児の母親を「冷蔵庫マザーrefrigerator mother」と呼び、愛情を持って育てれば治癒する物と考えていました。アメリカの心理学者ベッテルハイムをはじめ、多くの医療関係者も「自閉症は不適切な子育てが原因」と考えて、養育者の態度などの後天的な原因で発症するという説を強く主張しました。
その後、「冷蔵庫マザー」理論は、1950年代から1960年代にかけて、シカゴ大学教授で子供の発達を専攻するブルーノ・ベッテルハイム(Bruno Bettelheim)によって、広く社会や専門の医療機関に受け入れられるようになり、自閉症は母親の愛情不足によるものだと非難しました。
「冷蔵庫マザー」は、日本ではあまりなじみのない言葉ですが、同じような事が70年代半ばに起こります。「子供の不登校、家庭内暴力などの精神的な原因は親にある」と主張する精神科医が書いた「母原病」と言う本がベストセラーになり、しつけ、過保護、愛情不足などを警鐘しました。
「冷蔵庫マザー」というレッテルは、自閉症児を持つ母親たちに自責の念、罪悪感、自信喪失に
悩ませる結果となりました。(驚くことに、その後半世紀以上経った現代でも、自閉症は母原病
であると主張される専門外の医師がいるそうです。)
■1960年代・論争
1964年に、アメリカの心理学者のバーナード・リムランド(Bernard Rimland)が、(『小児自閉症-行動神経理論に対するその症候群と暗示』 ("Infantile Autism: The syndrome and its Implications for a Neural Theory of Behavior")という本を出版し、「冷蔵庫マザー」の仮説に合理的な反駁の可能性が出てきたことを主張しました。
彼の息子マーク(Mark)は、まだ自閉症と診断されるのは稀な時代であったが、生まれたと時から何かが明らかに異常がありました。息子の高機能自閉症の診断が下りた後、リムランドは自閉症の原因や治療方法の研究を助成すべく、この障害を理解し、この障害に注目が集まるような手がかりを見つけようと探究を続け、しばしば論争を白熱させました。
リムランドは、1965年にアメリカ自閉症協会(the Autism Society of America)を、1967年には自閉症研究学会(ARI:the Autism Research Institute)を創設。自閉症児の親に、「すべてのボタンを押してみる事・・何らかの治療効果が証明されているものは、すべて試してみる事”(“press all the buttons” – to try all the various forms of treatment for which there is some positive evidence of efficacy.)」と助言をし、自閉症の権威として、長きにわたり世界的に認められました。その言葉通り、彼の息子マークは、様々な困難があったにもかかわらず、才能ある芸術家にその後成長しています。
■1970年代・転換
1960 年代後半~1970年代前半、イギリスの医師 マイケル・ラター(Michael Rutter)は、それまでの母子関係の情緒的要因説を否定、「自閉症」を器質的な障害であると考える言語・認知障害説を提唱し、大きな転換期を迎えることとなりました。
自閉症と呼ばれるような子供たち63例を5年~15年間追跡した結果......
・成長していくと対人関係は作るようになるが言語障害は残る
・知能の高い子供の方が予後が良い
・一分裂病のような症状を呈する例がない
などの諸点をあげ、自閉症の本態は、言語や認知の障害であり、そのため二次的に情緒が障害されたのだという説を打ち出しました。このエポックメイキング(epoch-makingある事柄がその分野に新時代を開くほど意義をもっていること)な研究を皮切りに、次々とそれを裏付ける研究がなされていきました。
ここまできて、ようやく自閉症の原因は「心因論や、親の養育態度によるもの」という考えは否定され
-----自閉症は、脳の発達に障害があって起こるその結果------
という認識に基づき、遺伝学・神経学的な研究が進み、行動療法が主流になりました。
アメリカノースカロライナ大学 エリック・ショプラー博士(Eric Schopler)は、リムランド同様、「冷蔵庫マザー」の仮説に真っ向から反対した専門家のひとり。自閉症児と親の関係はむしろ良好で、自閉症と育児方法との関係はない との論文を出し、1971年には行動理論と認知理論の概念から支援プログラムには構造化が有効であるとして「自閉症の子供の発達に関する構造化の効果」を発表。
ノースカロライナ大学医学部精神科の一部門に研究機関を創設し、「自閉症とその関連する領域にあるコミュニケーション障がいの子どもたちの治療と教育プログラム」TEACCH (Treatment and Education of Autistic and related Communication-handicapped CHildren) を開発しました。州全体で包括的なサービスを提供し、個に即した支援を実施していくことで、自閉症児・者が自閉症のまま社会で豊かに生活を送ることができることを目指しているこのプログラムは、のちに世界中に広がり、40年以上経った現在でも取り入れられています。
■1980年代~1990年・国際診断基準作成/自閉症定義確立
「自閉症」という概念ができて50年。研究を重ねるにつれ、「自閉症」の理解が深まり、その全体像も変わってきました。
1980年までには、アメリカ精神医学会によりDSM (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)、世界保健機関(WHO)よりICD (International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problemsという診断基準が作られ、様々な異なる症状によって分類化されています。「社会的相互作用・コミュニケーション・局限した興味と行動」という、「自閉症」の定義も確立され、小児に限られた障害ではなく、成長に伴って改善はするものの、生涯にわたる障害であると認められました。
当時の「自閉症」 診断の基準は、上記の3つの定義に加え、あくまでも言葉によるコミュニケーションが限定されていること。自閉的特徴を持ちながらも、言葉によるコミュニ ケーションが可能だったり、一方的でも対人に関心があったりする「高機能自閉症」については、認知されていませんでした。自らも自閉症の娘を持つイギリスの児童精神科医ロー ナ・ウィング (Lorna Wing)が、過去にアスペルガーが発表した「アスペルガー症候群」との酷似を発見。アスペルガーが死去した翌年の1981年、それまで英語圏では殆ど忘れられていたアスペルガーの論文を英訳して再発表、医学界に紹介しました。
1981年以降、「アスペルガー症候群」はしだいに注目されるようになり、国際的な診断基準であるICD-10やDSM-IV-TRに、自閉症の一例「広汎性発達障害」の仲間として、小児性崩壊性障害・レット症候群と共に追加されるようになりました。
1930年代にアメリカの心理学者 スキナー(B.F. Skinner) が伝統的な心理学アプローチ「Behaviorism」を改訂、「行動分析学」の基礎を築き、1960年代からUCLAのロバース博士 (Ole Ivar Løvaas)が体系的に学問づけ、「ABA (Applied Behavior
Analysis)応用行動分析学」と呼ばれるように。1987年、ロバース博士は、ABAに基づいたトレーニングを2-3歳の自閉症児に起用したとこ ろ、「約半数の子どもが付添いなしで小学校の普通学級に通学可能になるほどに改善。この成功をきっかけに、1990年代以降ABAは北米で爆発的に普及、 その後、世界中に広がり続けています。
1988年映画「レインマン」のヒットによって、「自閉症」が一般的に広められ、アメリカでの「自閉症」の理解は10年分進んだといわれているほどの影響力をもったと言われています。
※日本では、集積された知見を無視した療法(プレイセラピー、戸塚ヨットスクールなど)も少なからず存在し、親子共々、振り回されてきた悲惨な背景もありました。自閉症に対して歴史が浅いため、70~80年代に巻き起こった誤った認識(自閉症は重度の引きこもり、親の虐待、テレビの見過ぎが原因、環境汚染が原因、愛情不足により発症、本人の努力で治る病気等々)が今なお少なからず続いています。
■2000年代・更なる研究/模索
左のグラフは、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)が2年毎に調査した「2000年代以降のアメリカ国内での自閉症児数の変化」です。初期では約 150人に1人でしたが、調査する度に着実に増え、2010年時点では「68人に1人が自閉症」と発表。2008年時点の数値(88人に1人)と比べて約30%も高くなりました。
急増の理由の一つは、長年に渡り改訂されている自閉症の診断基準 DSM。1994年版「DSM-4」にアスペルガー症候群が 加えられたことで、それまでは「2000~5000人に1人」とされていた自閉症が、20~40倍に増加。このような背景から、「68人に1人」 という数値の確実性には意義を唱えている専門家もいるものの、世界的な規模で「自閉症」発病率が増加しているのは、紛れもない事実です。
医学や科学などの分野の進歩で、「自閉症」に関係する研究も更なる飛躍を遂げています。
原因として
・遺伝的要因(CADPS2遺伝子/シャンク3/ミラーニューロン/フェニルケトン尿症)
・環境的要因(環境ホルモン/タバコ)
・腸内環境要因(グルテン&ガゼイン/ミネラル不足)
・その他(父親の年齢/刷り込み)
・・・などなど、いろいろな要因説が発表されていますが、中でも話題になったのが、MMRワクチン説です。
1998年、イギリスの権威のある医学誌「The Lancet(ランセット)」誌で水銀などの物質を含むMMRワクチンが自閉症の発症に関連している可能性を指摘するウェークフィールド (Andrew Wakefield)博士の論文が発表され、メディアが大々的に報道したのをきっかけに、論争が始まりました。「12人のMMRワクチンの接種を受けた子供のうち9人が、接種後1〜14日以内に自閉症の症状を発症した為、ワクチンによって腸に炎症が生じ、そこから有害たんぱく質が血中を通って脳に流れこみ、神経細胞に損傷を与えて自閉症を引き起こすのではないか」という内容。この論文を機に、「自閉症の増加は予防接種のせいだ」という世論が2010年までの12年間に渡って繰り広げられ、自閉症児の親はワクチン接種を拒否、麻疹の罹患率は上昇。イギリスやアメリカを中心に、国を相手取った損害賠償訴訟が多発しました。
このワクチン説が元となり、<自閉症と水銀の関係性>について、更なる議論が世界中で展開されることになりました。
日本でも、2004年、TBS報道特集で「自閉症の原因は水銀?新療法も」という特集が放映。2006年にはフランス、2007年にはアメリカから「自閉症児の多くが重金属中毒である」と裏付ける臨床的な証拠として、自閉症やてんかん のある子ども達から尿を採取したところ、コプロポルフィリンなど何種類かのポルフィリン(鉛、水銀、砒素などの中毒で体内にストレスが生じると増加する物質)の濃度が異常に高い傾向にあるという結果が出た と発表されました。(⇒詳細は「自閉症の原因・環境要因」を参照)
原因が水銀なら、とにかく体内から除去体すれば治るのではないか・・・?と考えられ、本来は体内から有害なミネラルや老廃物を取り除くデトックスの一つとして用いられていた「キレート療法」に注目が集まり、自閉症の“治療”に転用されましたが、これらの金属と自閉症の関連性を証明した研究はなく、自閉症に対するキレート療法の効果が試験で確かめられたこともありませんでした。2005年には、キレート剤を投与された自閉症の5歳の男児が、副作用で死亡するという痛ましい事件が起きています。 (⇒詳細は「自閉症の治療・さまざまな民間療法」を参照)
その後の研究で、自閉症とMMRワクチンは無関係であると結論付けられ、2010年2月2日、この 論文を掲載記録から完全に抹消するとの声明をLancet誌は発表しました。しかし、ワクチン説は根強く残り、2014年現在でも子どもへの危険性を恐れ て、摂取を拒否する親も少なくありません。(⇒詳細は「自閉症の原因・ウワサの仮説要因」を参照)
2007年に開催された国連総会において、カタール王国王妃の提案により、毎年4月2日を「世界自閉症啓発デー」(World Autism Awareness Day)とすることが決議。4月2日から8日を発達障害啓発週間として、シンポジウムの開催やランドマークのブルーライトアップ等の活動を通して、全世界 の人々に「自閉症」を理解してもらう取り組みが行われています。
2013年5月、約20年ぶりにアメリカ国際基準のDSMが変更。最新版の「DSM-5」では、アスペルガー症候群は「自閉症」に包括されました。
「自閉症」は、今や特殊ではなくなり、一般の理解度も(以前に比べれば)高くなってきましたが、まだまだ解明には程遠く、治療の現場では、それぞれの仮説に基づいて試行錯誤をしながら療育を行っている段階です。
【関連/引用/参考サイト】
・Refrigerator Mothers Wikipedia
・最新の自閉症診断基準と自閉症スペクトル障害
・ハンス・アスペルガー
- Wikipedia
・アスペルガーとはどんな人物だったのか? - こころの豆知識
・【発達障害】第6回 アスペルガー症候群 その1 - 研究室 - CRN
・[PDF]自閉症児の認知発達とふり遊びについて - 立命館大学
・Applied behavior analysis - Wikipedia, the free encyclopedia
・history of autism research, behaviorism & psychiatry
・MMRワクチンと自閉症の関連を主張したランセット論文が完全に消えました-お父さんの[そらまめ式]自閉症療育
・発達障害児の療育ブログ 「自閉症ではなかった!」という報道に-発達障害児の療育ブログ
・予防接種の拒否、米国で増加 国際ニュース:AFPBB News
・A prospective study of mercury toxicity biomarkers in autistic spectrum disorders-PubMed Result
・Porphyrinuria in childhood autistic disorder: Implications for environmental toxicity-ScienceDirect
・仏: 自閉症、てんかん、尿中ポルフィリン: ASDNews