虐待/育児放棄
Abuse/Neglect
一般的に発達障害を抱えて生まれてきた子供は、子供虐待の遭遇するリスクが高い事が知られています。幼い子どもを抱えているというだけでも親は自由な時間がなく大変です。その上に、発達が遅れている子どもを育てるのは、並大抵の苦労ではないところがあります。
同じ頃に生まれたお友達との差がどんどん目につくようになり、「比較してはいけない」と思っても、つい比較して、気持ちが追い詰められる。何より、わが子とのコミュニケーションが取れず、何を考えているのかわからない。
ワケの分からないことで騒ぐ子どもに、つい感情的になり、怒りをぶちまけてしまう・・・こうして、発達障害のこどもの介護によって養育者が疲弊してしまい、虐待は起こってしまうのです。
虐待全体に占める障害児の割合の高さについては、これまでにいろいろなところで報告があります。P.M.Sullivanらがアメリカで行った調査によれば、障害児への虐待の発生率は31%(4,503 人中1,012人)であり、非障害児における虐待発生率11%の3.4倍にも達する事が報告されています。また、U.S.Department of Health and Human Servicesによると、2004年の児童虐待の分析データでは、障害児への虐待の発生率は、非障害児における虐待発生率の1.68倍との報告もあります。
参考:*The Risk and Prevention of Maltreatment of Children With Disabilities
(Child Welfare Information Gateway)
日本での厚生省の調査では、2012年度に児童相談所が対応した相談件数は384,261件で、年々増加傾向。主な虐待者別にみると「実母」が57.3%と最も多く、次いで「実父」29.0%。被虐待者の年齢別にみると「小学生」が23,488件、「3歳~学齢前」が16,505件、「0~3歳未満」が12,503件となっています。相談の種類別では、「障害相談」が175,285件(相談件数の45.6%)と最も多く、次いで「養護相談」が116,725件(同30.4%)、「育成相談」が52,182件(同13.6%)。養護相談のうち「児童虐待相談の対応件数」は66,701件で、前年度に比べ6,782件(前年度比11.3%)増加。「身体的虐待」が23,579件と最も多く、次いで「心理的虐待」が22,423 件となっています。
2014年現在から見ると、けっこう古い情報ですが、2002年児童相談所を通して障害児の被害実態を初めて調査した厚生労働省厚生科学研究班(本間博彰・主任研究者)の報告では、被虐待児が障害児であったケースが1,008件(7.2%)ありました。有効回答率で数値を補正した上で、日本における障害児虐待の総数はおよそ1,280-1,000件と推定しています。これは障害児1,000人当たり5.4-7.0人に相当する割合であり、障害児は非障害児と比較すると4-10倍も虐待のターゲットにされる危険性があるのです。障害の種別では知的発達障害児が78.2%で身体障害児の15.8%の約5倍にも達しており、様々な知的発達障害の中でも、特に虐待にあうリスクが高いのは、自閉症を中心とする広汎性発達障害群のうち知能の遅れの無い高機能自閉症の子供たちと、注意欠陥多動性障害の子供たちです。この調査から10年以上が過ぎましたが、新たな調査は発表されていません。被虐待児の障害児数は公表されていませんが、10年前のデータから障害児の虐待だけが減少しているとは考えにくいことは容易に想像できます。
知能の遅れの伴わないこれらの発達障害は乳幼児健診システムで発見されることが少なく、集団に参加してトラブルが頻発する事で初めて認識されることが多いのです。知的発達に問題がないのに問題行動が生じるのは「しつけが成っていないからだ」という短絡が起こり易く、結果として養育者は体罰も辞さない厳しいしつけによって、一見身勝手に見えるこうした子供たちの行動を修正しようとして躍起になり、最悪の場合には子供虐待に追い込まれてしまう事になるのです。
下の4つの例をみてみましょう。
【例1】2006年11月福山市内の34歳の母親が自閉症である息子2人の子育てに悩んで精神的に
不安定になり、殺害。
【例2】自閉症の娘を抱える39歳の福山市内の主婦
自閉症に伴う睡眠障害を持つ娘のため、昼夜逆転の生活を余儀なくされ、1年余り。何度も、す
ぐにパニックになって騒ぐ娘を車に乗せ、近所に迷惑をかけないよう、ガソリンがなくなるまで
夜の街をさまよった。やっと娘が眠ったと思えば、今度は家族が起き出す時間。自分自身の睡眠
は、一日わずか2時間弱。「いつも周囲に謝ってばかり。頭も変になりますよ。この子さえいな
くなれば、と幾度、思ったことか……」。運転しながら、楽になろうと思ったことも、1度や2
度ではない。
【例3】福岡市の38歳の母親の自閉症の長女は、うまく意思疎通ができず、パニック状態にな
り、自宅を抜け出し大騒ぎに。幸い近所の人が保護してくれたが、夜、泣き叫び裸足で家を逃げ
出した幼児の姿に、虐待を疑われ通報された。「警察から事情聴取され、情けなくて死にたくな
った」と振り返る。
【例4】母が娘を18年「軟禁」
2005年11月福岡市で40歳の母が、(発達障害があるとみられる)娘に義務教育も受けさせず、ほとんど外出も許可せず、18年軟禁した罪で逮捕。 母親は、「物を壊し、排せつがうまくできないなど発育の遅れがあり、外に出すのが恥ずかしかった。他人の迷惑になるとも思っていた」と説明。娘は10月28日午後、テレビを見ないとの言いつけを守らなかったとして母親から顔や背中を殴られ、裸足で家を飛び出した。所持金はなく、市内の公園で寝泊まりし、水を飲んで空腹をしのいだという。通行人に助けを求め、保護された。
これらの例からもわかるように、「虐待」はもはや、精神的に狂った人が行うのでも、特別な状況下にいる人だけに起こることでもありません。特に、発達障害児・自閉症児を抱えている家族には、「いつ、何時、自分が加害者になってしまう可能性」もあるのです。こどもの症状が重度であればあるほど、勿論、その可能性は、高くなります。
自閉症児の虐待予防のポイントとして必要なことは、以下の「保護者支援」と「ペアレントトレーニング」です。
①療育の責任を母親だけに負わせないように父親の参加を促す
②日常生活場面においても夫婦の協力を強く促す
③療育の成果をあげ,子どもに対するネガティブなイメージをポジティブなものに変換させる
④両親・家族に療育の効果を具体的に説明して,それが日常生活に取り入れられ
定着するように働きかける
⑤夫婦以外の家族構成員の理解や協力を促す
⑥地域の中で子どもと暮らしていくことが容易になるように地域の情報や
社会資源の活用についてレクチャーする
検索してみると、ネットの掲示板では沢山の発達障害児を持つ親からの相談が出てきます。
虐待は悲惨です。再発を防ぐために、専門機関の設置など、相談受け付けの域を超えた実効性のある支援体制を、行政が整備することが肝要です。本人や家族が悩みを共有するのはもちろん、家族が疲弊してしまう前に、誰かが手を差し伸べる必要があります。社会の“温かさ”が求められているのです。
【関連/引用/参考サイト】
・発達障害と虐待-自閉症スペクトラム児・発達障害児の「おだやかな明日」のために