「自閉症スペクトラム」の客観的な診断基準になるか 福井大学ら研究チームが発見した自閉症解明のヒント【福井】

 「対人関係の障害」や「コミュニケーションの障害」、「パターン化した興味や活動」といった3つの特徴をもつとされる自閉症については、症状が軽い人まで含めると、その数は100人に1人に上るといわれている。

 

 これまで「自閉性障害」「アスペルガー障害」「特定不能の広汎性発達障害」と呼ばれていたものが、「DSM」(米国精神医学会が出版している精神 障害の診断と統計マニュアル)の第5版の診断基準変更によって、「自閉症スペクトラム」に統合されたのは、2013年のことだ。

 「大人の引きこもり」が生まれる背景には、こうして周囲に理解されずに個人の性格的な問題だと誤解され、孤立せざるを得なかった「自閉症スペクトラム」の人たちも数多く含まれている。

 

また、「自閉症スペクトラム」は、「注意欠陥多動性障害」などともに、「発達障害」として分類されている。

 

このように最近注目されつつある「自閉症スペクトラム」の傾向について、客観的な診断基準につながるかもしれない、新たな原因解明の手がかりになる可能性のある研究成果が、電子版英国科学誌「Molecular Autism」の6月11日号に掲載された。

 

論文を発表したのは、文部科学省「脳機能研究戦略推進プログラム」の福井大学・子どものこころの発達研究センターの小坂博隆特命准教授ら、大阪大学、金沢大学、名古屋大学などの共同研究チーム。

 

この研究は、科学研究費助成事業の一環として行われた。課題F「自閉症スペクトラム障害(ASD)の発症基盤の解明と診断・治療への展開」の4年目にあたる。

 

ASDの人と健康な青年期の人の脳を比較検証
機能的に連結する脳領域に差を発見

同研究チームによると、「自閉症スペクトラム」(ASD)の主な特徴は、次の通りとされる。

 

視線が合わない、ひとり遊びが多い、友人関係がつくれない、他者の気持ちが理解できない、他者への共感が乏しい、言葉の発達に遅れがある、会話が続かない、冗談や嫌味が通じない、などの「社会的コミュニケーションおよび社会的相互作用の障害」。

興味範囲が狭い、特殊な才能をもつことがある、意味のない習慣に執着、環境変化に順応できない、常同的で反復的な言語の使用、常同的で反復的な衒 奇(げんき)的運動、感覚刺激への過敏または鈍麻(どんま)、限定された感覚への探究心、などの「限定した興味と反復行動並びに感覚異常」。

これまでASDは、社会性の症状が中心で、ASDの病態を探究するために、社会性課題を用いた脳画像の研究が盛んに行われてきた。

脳は、ある目標をもって行動しているときや、認知機能をしているときだけではなく、安静状態においても活動している。

こうした安静状態での脳の活動は、いくつかの脳領域間のネットワークで構成され、「デフォルトモードネットワーク」と呼ばれている。その中心的な 役割の脳部位は、「内側前頭前野」や「後部帯状回」などで、自己内省や他人の考えを推測するときに活動する社会脳を司り、同ネットワークの脳領域が、社会 的行動に関与しているといわれる。

 

「自閉症スペクトラム」の傾向は、重度の「自閉症」から「健康な青年期」の人まで、連続して存在している。しかし、その連続体の視点で議論された脳画像の研究は、いまだに少ない。

同ネットワークの研究では、「ASDをもつ人たちの脳領域間の機能的連結が弱い」「ASD群で自閉症スペクトラム傾向と負の相関関係がある」という報告にとどまり、健康な青年群を含めて、自閉症傾向を吟味した研究はなかったという。

そこで、同研究チームは、知的障害をもたない「ASDの青年期(16歳~40歳)」男性19人と、年齢と知能指数を一致させた「健康な青年期」男 性21人に、安静状態での機能的脳活動をMR撮影にて測定。それぞれのMR画像を専用のコンピュータソフトにて解析し、脳活動の中枢領域である「内側前頭 前野」と「後部帯状回」が機能的に連結している脳領域の大きさと連結の強さを調べてみた。

その結果、ASD群のほうが、健康な青年期群と比べると、機能的に連結している脳領域が小さくて弱いことがわかった。

 

また、自閉症スペクトラム傾向を表す「自閉症スペクトラム指数」で見てみると、2つの群の違いが見られた脳領域での脳活動と同指数は、負の相関関係にあったほか、それぞれの群においても、同指数と負の相関関係を示す領域が、いくつか認められたという。

 

早期発見・治療の手掛かりになるか
実際の診療に応用される可能性

ただ、これは脳の連結部分に限らず、日頃から使わなければ、機能的に育たない。このような相関関係は、原因からくるものなのか、それとも結果として起こるものなのか。

 

 「原因と考えております。DMN(安静状態での脳活動)の連結の領域が小さくて弱いために、社会性の障害が表れやすく、人によっては、自閉症スペクトラム障害の診断名がつく方もおられると考えております」(福井大学・小坂特命准教授)

研究チームは「安静状態での脳活動パターンが、ASDという診断の有無にかかわらず、自閉症スペクトラム傾向のバイオマーカー(薬理学的な反応の指標として、客観的に測定・評価される項目)になる可能性が示唆された」としている。

今後の研究の展開について、同研究チームは、

 「安静状態で脳活動を調べられるこの簡便な手法が、幼少児の年齢層にも普及し早期発見・早期治療となる手がかりを得ることや、治療的アプローチの効果判定に応用できる」

 と期待する。

客観的な診断基準として、現場での診療にも応用できる可能性については、

 「現在の研究手法では、ある人数の集団の中での比較や傾向の検討であるため、ある1人の被験者をMR撮影して、脳科学的にASDと診断ができるようにすることが今後の課題です」(小坂特命准教授)

これに対し、自閉症の当事者家族会の関係者は、今回の研究の評価について「先生が発見したことが事実であっても、原因ではなくて、結果だったのではないか」という見方をする。

 

「脳の中の回路形成に、何らかの原因があるのは間違いないと思う。どこの部分が活性化しているのかとか、言語野の領域が使われていないとか、これま でも数々の研究成果が出てきましたが、それだけで終わってしまいました。結果として、脳の中の連携が悪いということは皆、もうわかっていると思うんです。 ただ、先生は、この部位がどう悪いということを見つけたのかもしれないですね。治療というより、安静時に測定すれば出てくるということだから、物理的な測定ができない現状では、客観的な診断につながるかもしれません」

当事者や家族の間には、これまでの数々の研究に対して「期待倒れに終わった」という失望感も少なくない。

今回の研究では「自閉症スペクトラム」の全体像がまだわかったわけではなく、治療法が見つかったわけではない。いったい何が原因で、脳領域のつながりが悪くなるという特徴が出るのかどうかについても、今後、議論されることになるのだろう。

ただ、安静状態の脳活動における発見が、これから自閉症を解明していくためのヒントにはなるかもしれない。

 

【News Source: 2014.6.19 Diamond Online