カナダでの離婚の注意点
Traps of International Marriage in Canada
離婚前の地獄のような生活から開放されたい一心で、「もう帰っておいで」という優しい日本の両親の声につい甘えてしまって、子どもを連れて日本に帰ってしまうと大変なことになってしまう可能性もあります。
日本国内に住む日本人同士の夫婦であれば、結婚生活になにか問題があって、ストレスが溜まってくると、奥さんが旦那さんに「実家に帰らせていただきます。」 という置手紙を残して、しばらく子どもと家出する。。。なんてことは、メジャーな家族ドラマでは当たり前に出てくるシーンだし、誰もが長い結婚生活の間に は一度は経験することなのかもしれません。
でも、同じことを関係が上手くいっていない、離婚危機にある国際結婚している夫婦がしてしまった場合、(たとえ、一時帰国のつもりでしたことであっても)シャレにならない結末を迎えてしまう事態になってしまうかもしれないのです。
北米の法律では、父母のいずれもが親権または監護権を有する場合、または、離婚後も子どもの親権を共同で保有する場合、一方の親が他方の親の同意を得ずに子 どもを連れ去る行為は、重大な犯罪(実子誘拐罪)とされています。カナダでは、14歳未満の子どもを連れ去り、パートナーが警察に訴えたとしたら、10年 以下の禁錮刑等が規定。また、どのような理由があったとしても、一度子どもを置いて自分だけ飛び出してしまうと、子どもを取り返せなくなる可能性も大。そ れらの記録が親権を取る際にも不利になるので、カワイイ子を置いて飛び出すことは、絶対に避けましょう。感情的に行動を起こしてしまう前に、ソーシャル ワーカーや弁護士、結婚カウンセラーなど専門家に相談することが大切です。
20世紀後半、社会の国際化が進むにつれ「国際的な子の奪取」にかかる事件は激増し、非常に重大な社会問題として認知されるようになりました。そして、それを防止しようと、1980年に制定されたのが<ハーグ条約>。ハーグ条約の正式名称は『国際的な子の奪取の民事面に関する条約』。国際結婚の破綻や国際離婚に際し、一方の親が、監護権を有する(または共有する)もう一方の親の了承もないままに、未成熟子(16歳くらいまでの子)を自分の母国に連れ帰るなどの行為が「国際的な子の奪取」にあたるとし、加盟国間では、「連れ去られた国」から「元々の居住国」への迅速な返還を義務付けたのです。
ハーグ条約の加盟国は、82カ国(アメリカ、カナダ、オーストラリアおよび全EU加盟国を含む)にのぼります。日本は、長い間アジア・アフリカ・中東の多くの国と同様、加盟していませんでしたが、2013年に締結が承認され、2014年4月からいよいよ発効されました。日本人であっても、子どもと一緒に日本に帰国してしまった場合は、法的な罪には問われます。
*在バンクーバー総領事館ホームページ「子の親権をめぐる問題について」
万が一「国際的な子の奪取」が起こってしまった場合、子を連れ去られた親は、自国の「ハーグ条約の義務履行のため作られた政府内の機関・中央当局(Central Authority)」に連絡、連れ去られた先の国の中央当局(日本では外務省)に子の返還に関する援助の申請、および、子との接触(面会交流)に関する援助の申請を行うことができます。中央当局の仲介が奏功しない際には、裁判所が子を元の居住国に返還するか・・・を判断しますが、原則としては、「子どもは慣れたところでの生活をさせるのが一番」と考慮されがちなので、元の居住国に返還命令が下るケースが多いようです。しかし、「連れ去りから1年以上経過した後に裁判所への申立てがされ,かつ子が新たな環境に適応している場合」や「返還により子が心身に害悪を受け、又は 他の耐え難い状態に置かれることとなる重大な危険がある場合」「子が返還を拒み、かつ当該子が、その意見を考慮するに足る十分な年齢・成熟度に達している 場合」など、裁判所が子の生活環境の関連情報や子の意見、両親双方の主張を考慮した上で、「返還が子どもの幸せに結さない」と判断されると、返還を拒否、つまり、連れ去られた先の国で暮らすことを認められるケースもあります。
以下は、「2010年8月5日号 e-nikka」に掲載された実際に起こる可能性の高いケーススタディです。(原文は、残念ながらリンク切れになってしまったようです)
ケーススタディ その1
マイケル(アメリカ国籍/カナダの永住権保持者)とマドンナ(カナダ国籍)は8年前にアメリカで出会い国際結婚した。長男トム(現在4歳-アメリカとカナダの二重国籍)の誕生を機に一家でマドンナの故郷であるバンクーバーに移住し、一家3人で生活していたが、1年前に離婚、マドンナはバンクーバー市内に住む両親と同居し、マイケルは同市内にアパートを借りて生活することに。別居・離婚に際しての取り決め(セパレーション・アグリーメント)で、トムに関しては共同親権であること・平日はマドンナと暮らすこと・隔週の週末はトムはマイケルの家で過ごすことになった。離婚してちょうど1年が経ったころ、マイケルはアメリカに条件のより良い仕事がみつかり、実家もあることから、アメリカに帰ることを計画。元妻マドンナに相談しても、当然のことながらトムは連れていくのに同意してくれないとわかっていたマイケルは、マドンナに内緒でこっそりトムをアメリカに連れ帰ってしまった。それ以来、トムはマイケルとアメリカで生活している。「連れてきてしまえば、こっちのもの。マドンナだって、いつかはあきらめてくれるだろう。。。」と、マイケルは考えているが、果たしてそうなのでしょうか・・・?
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【カナダ・アメリカの場合】
両国がハーグ条約を批准しているので、子を奪取された親であるマドンナがカナダ政府下の担当機関に申し立てをすれば、この条約に基づきカナダの担当機関の要請を受けたアメリカ政府下の担当機関が協力し、必要な際には「法的拘束力」を行使してでも、トムが迅速にカナダに返還されるための措置が取られます。マドンナが警察に相談すれば、マイケルの行為はカナダの法律上では立派な犯罪(誘拐・親権に関する法的規定の違反)なので、ケンは誘拐罪で指名手配されることになります。
【実話】
2006年末に起きたカナダ人の元バイアスロン金メダリストが「国際的な子の奪取」をしてアメリカに渡航したケースでは、国際警察機構(Interpol)が動き、子どもは保護され、彼女はアメリカ国内で逮捕され、カナダにおける裁判で有罪判決を受けました。
ケーススタディ その2
麗子(日本人女性/カナダの永住権保持者)は、国際結婚したカナダ人のパトリックと1年前に離婚。4歳半になる長女・涼子とバンクーバーで生活していた。上記のマイケルとマドンナのように、離婚に際して共同親権という取り決めをしていたので、涼子は、「平日は麗子、週末はパトリック」と両親の元を行き来する形で暮らしていた。専業主婦だった麗子は、シングルマザーになって、必死に就職活動をしていたが、英語のハンディもあり、なかなか正社員の職が決まらない。その上、涼子が病気になってしまうと、パートの仕事も休みがちに。。。そんなとき、日本の両親から、「できる限り協力するから、日本に帰ってきたら・・」と言われ、娘との将来を考えて、パトリックからは逃げるように、涼子を連れて帰国してしまった。当然、パトリックは激怒!娘を取り戻そうとするが、可能なのでしょうか・・・?
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【カナダ・日本の場合】
日本がハーグ条約に加盟している現在、パトリックが涼子をカナダに連れ戻すことは可能です。二人の話し合いで解決できるにこしたことはないですが、現実問題、極めて難しい場合、パトリックはカナダの中央当局に連絡して、子の返還に関する諸手続きを行います。先述のように、原則としては、「子どもは慣れたところでの生活をさせるのが一番」と考慮されがちなので、元の居住国に返還命令が下り、涼子がパトリックの国に戻ってくる可能性もあるのです。
しかし、パトリック側に何か問題があったり、涼子が日本に来てしばらく経ってしまっている場合は、
そのまま涼子は麗子と共に日本で暮らし、パトリックは面接のために来日するという感じにできるかもしれません。
逆に、原則に基づいて、涼子がカナダに返還されることに決定されてしまうとします。麗子は自分が感情的に行動したことを反省。カナダに戻り、日本に帰国する前と同じ「平日は麗子、週末はパトリック」という形で涼子を育てて行きたい・・・と思ったとしても、今度は、「国際的な子の奪取をして、子の安定した生活を一時的にでも奪ってしまった」という歴を持ってしまったので、裁判所は、「涼子に会えるのは週末のみ」とか「2週間に一度」とか、麗子の涼子に対する接見時間を制限してくる可能性もありえます。
【パトリックが予め、予防策を講じていた場合】
上記のケースで、パトリックがハーグ条約について知っていて、「麗子は娘を自分にだまって日本に連れ帰ってしまうかもしれない」と危惧して、予防線を張られてしまったとしたら・・・パトリックは、離婚に際し、カナダの裁判所に「涼子の日本とカナダの両方のパスポートをパトリックの管理下におくこと」、「麗子が涼子の日本のパスポート申請するには、パトリックの承諾が必要になること」を求める申し立てを起こすこともあります。その申請が認められたとしたら・・・麗子は、(1人で日本に帰国することには何の問題も制限もありませんが・・・)どんな理由(例:涼子の祖父母が危篤など)があろうと涼子を連れて一緒に日本に帰ることができなくなってしまうので、麗子は出来る限り、あとあと自分の首を自分で締めないような条件で、離婚裁判を終わらせる必要があります。そのためには、当然ながら「ハーグ条約違反になるような行動は決してしないこと」を前提に、「麗子がどうしたいか・・・という麗子側の欲求」を通していくよりも、「日本に行くことで、涼子にとって、こんなにも素晴らしい機会がある」という涼子側のメリットを強調して、訴えていく方が、主張が通り易いようです。
ケーススタディ その3
カルガリーの大学で博士課程を取っていたケイコは、同じ大学で助教授をしていたベトナム国籍のクリスと2年間の交際を経て、結婚。ケイコの妊娠をきっかけに、2人は日本に引っ越すことを決め、クリスは日本の大学で教授として働き始めた。娘のエミリーが4歳になるころ、クリスとベトナムからの留学生の教え子の不倫が発覚。離婚についての話し合いがまとまる前に、クリスはケイコに無断でエミリーと不倫相手の留学生を連れてベトナムに帰国してしまった。ケイコは、エミリーを日本に連れ戻すことができるのでしょうか・・・?
【日本・ベトナムの場合】
日本はハーグ条約の加盟国ですが、ベトナムは非加盟なので、当然ながらこの条約は適用されません。ケイコがエミリーを日本に取り返すことはきわめて難しくなります。クリスは日本国内においては誘拐事件の容疑者として手配されますが、日本の警察の捜査権がベトナムに及ぶ可能性は低いです。
【実話】
「日本国籍の親による外国から日本への子の連れ去りのケース」ほど多くはありませんが、ケーススタディ3のような「外国籍の親による日本から外国への子の連れ去りのケース」も発生しています。
※ハーグ条約加盟後の懸念
外務省によると、2011年、日本人(元)配偶者が無断で日本に子どもを連れ帰ったとして外国政府から日本政府に提出されているケースは209件。このうち約半数がアメリカからの事案であって、日本はアメリカをはじめとした欧米諸国から加盟を強く求められていました。
2011年5月9日、離婚後に子供を無断で日本に連れ帰ったとして、アメリカのテネシー州の男性が日本人の元妻を相手取って損害賠償を求めていた裁判で、元妻にはなんと610万ドル(約4億8900万円)という巨額の支払い命令が下されました。原告の男性は2年前、日本から子どもをアメリカに連れ戻そうとして逮捕され、日米で大きな話題になった人物だそうです。この判決から11日後、日本政府はハーグ条約への加盟の方針を閣議了解。政府は国内法策定に向けて動き出すきっかけになった事件ですが、簡単には加盟できなかった別の事情もあったのです。「外国から子どもを連れて帰国した母親」の多くは、夫からの暴力・子どもへの虐待に耐え切れず、やむを得ず帰国していることが多く、日本が加盟して元の国に戻ったら、また同じ被害に遭ってしまう危険性があるという問題もありました。
*首相官邸ホームページ「[PDF] 国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の締結に向けた準備について」
国際結婚に破綻した日本国籍の親が、「日本がハーグ条約に非加盟であること」を利用して外国から日本に子どもを連れ去るケースばかりが注目されていたため、あたかも「日本がハーグ条約に非加盟であること」は国際結婚している日本人にとって有利であるかのような印象が多かったのですが、上記のケーススタディ3のように、加盟していなかったがゆえに、日本人に非常に不利に働くこともあるのです。
日本では「子どもは母親といるのが一番」という慣習がまだまだありますが、カナダは「普通の両親の元ではあくまでも平等」。国が変われば裁判所の見方も文化により変わってきます。同じ「子どもの幸せ」を考えるにも、国際離婚の場合は、国をまたいでの選択になりえるので、非常に難しい問題です。
※注意点2※ カナダ永住権取得前の離婚
よく勘違いされやすいのが、「カナダ人の子どもを産んだのだから、その子の保護者として申請すれば、永住権が取得できるんじゃない!?」ということ。そんな甘いことはありません。永住権取得前に離婚にいたってしまった場合、(カナダで産まれた)子どもは、手続きを取れば、カナダ・日本両国籍がもらえますが、外国籍の母親・父親のビザステータスは現在のまま。再度、永住権取得申請が必要になってきます。
しかし、正式にカナダ人と離婚してしまった場合は、もはや「家族移民」としては申請できません。それ以外の方法となると、人によっては、かなり厳しくなって きます。移民の資格なしでは、子どもとカナダで暮らしていくのは大変です。就労ビザを持っていれば、働くことはできますが、税金の支払い義務はあるのにもかかわらず、いろいろな助成制度が適応されない可能性が高いので、非常に不利です。